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フランスのミスコンでで2人の優勝者ミス・フランスとミスナショナル、ジュヌビエーブ・ド・フォントネー反旗を翻す [ミスコンテスト]
約90年の歴史を持つフランスのミスコンテストが2つに分裂、2人の「ミス」が相次いで誕生するという異常事態が起こっている。
「ミス・フランス」はこれまでフランスのテレビ局TF1が開催しており、4日にブルターニュ出身の学生、ロリー・ティルマンさん(19)が2011年のミスに選ばれた。ところが、その翌日、今度は「ミス・ナショナル」としてプロバンス出身の学生、バルバラ・モレルさん(19)が2011年のミスの栄冠に輝いた。
ミスフランスのロリー・ティルマンさん
ミスナショナルのバルバラ・モレル
一体、どうしてこんなことになったのか? もともと、「ミス・フランス」はジュヌビエーブ・ド・フォントネー大会委員長(78)が仕切ってきた。彼女は「美は性の安売りではない」と厳格な方針を貫いてきたのだが、2002年に運営権を取得した番組製作会社のエンデモール社は、ワンピースが伝統だった水着審査にビキニを取り入れるなど、セクシー路線に変更。フォントネー大会委員長をはじめとする伝統重視派は反発を強めていた。
さらに、09年のミス・フランスに選ばれたバレリー・ベグさんの昔のセクシー写真が流出。ミス・フランス参加者の契約書には「恥ずかしい服装や行為をしない」という項目があり、タイトルを剥奪されるという事件が起きた。ところが今年3月、あろうことか、TF1はこのベグさんを番組に出演させるという“荒業”に出た。
話題性を売り物にするこのやり方に対し、フォントネー大会委員長はブチ切れ。「ミス・フランスのイメージをぶち壊すものだ」と激怒し、「これ以上我慢する必要はない。真の伝統と価値観を体現する」として、自ら新しいコンテストの開催を宣言。地方組織の約半数もこれに同調した。
当然、「ミス・フランス」という名称は使えず、新しいコンテストは「ミス・ナショナル」に。しかし、“元祖”を自任する「ミス・フランス」側は裁判所に新コンテストの開催中止を申し立てるなど反発。開催中止は認められなかったものの、当初、地方局で予定されていたテレビ中継も急きょ取りやめになった。だが、それが逆に話題を呼び、例年以上に注目を集める結果となった。
かくして、史上初めて2人の「ミス」が誕生したわけだが、互いに「正統」を主張。両者の対立は続いており、2人の美女を巡る争いは、今後も議論を呼ぶことになりそうだ。
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ミス・フランス2011年は3人選ばれるか!
今、フランスで注目されているHOTなトピックといえば、ミスフランスコンテスト 2011である。今年は例年とは違い、ミスフランスが2人選ばれるという異常事態が発生する。1つは例年通りTF1で12月4日に放送。もう1つは翌日の12月5日に地方チャンネルで放送される。
なぜこのような事態が起こったか?
ミスフランスを語る上で欠かせない存在が写真の女性。ミスフランス大会委員長を務めるジュヌビエーブ・ド・フォントネーである。大きな帽子とモノトーンのコスチュームが彼女のトレードマーク。今年で78歳になる彼女は、“美”にかける情熱も超一流。「“美”は性の安売りではない。ミスになる前もなった後でも、ヌードはご法度!」という厳しい規律も彼女がすべて取り仕切っている。
しかし、彼女のこの“頑固さ”が、大会主催者側との激しい衝突につながった。
ことの発端は、2008年大会にさかのぼる。その年のミスに選ばれたヴァレリー・ベグさんの昔のセクシーなポーズの写真が世に出回ってしまったのだ。
Miss France 2008 Valérie Bègue
Miss France 2008
これが大きな帽子のマダムの逆鱗に触れた。ミス・フランス参加者の契約書には、「ヌードやいかがわしいポーズの写真を一切撮らせない」という項目があり、全候補者がサインをさせられるのだ。
2008年の大会をきっかけにして、大会委員長であるフォントネーと大会主催者との間で激しい対立が生まれ、とうとう2010年3月、大きな帽子のマダムは「“ミスフランス”のイメージをぶち壊し、荒らされるのを我慢し続ける必要なんてない」と、大会主催者側に抗議することを決定。
その果てに彼女は、「大会の価値を忠実なものとするため、ミスフランス大会にかける情熱のために」自らミスコンテストを開くことにした(しかし当然ながら“ミスフランス”という名称は使うことができず、正確には彼女の開くコンテストの優勝者は“ミスナショナル”となる)。
2008年のミスのスキャンダルに関しては、「何もそんなに目くじらをたてることはないだろう…」というフランス人の声も多いが、大きな帽子のマダムは大会主催者を徹底的に批判。「目には目を、歯には歯を!」をスローガンにリベンジを計る。これに対して大会主催責任者は、「死ぬほど金がかかるだろうに…」と語っている。
2010年12月、フランスでは2人のミスが誕生する。今年はどんな女性が選ばれるのか、大きな帽子のマダムと大会主催者の衝突は今後いつまで続くのか、フランス人たちは2つの大会をそれぞれどう評価するのか。今後もミスフランスから目が離せない。
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2011年はフランスにとって3人のミスを送り出す美の年になるだろう!Endemolの庇護の下、ミス・フランス委員会(la Société Miss France)が行ったコンクールの後、ジュヌヴィエーヴ・ド・フォントネーのコンクール、そして3番目のコンクールがミスを選出するだろう。
実のところ、1901年の法律により統制されているミス・フランス歴史委員会(Le Comité Miss France Historique)は1954年、ギー・リナドによって設立された。
この委員会は既にジュヌヴィエーヴ・ド・フォントネーと彼女のコンクールの正当性に意義を唱えている。今日、彼らはEndemol主催のミス・フランス委員会のコンクールにも異議を唱えている。このミス・フランス歴史委員会はミス・フランスコンクールを最初に企画しており、ビューティコンクールを企画してよい唯一の機関だと主張している。このコンクールはEndemolの15日後、そしてジュヌヴィエーヴ・ド・フォントネーの14日後である12月19日の日曜に行われる予定だ。ミス戦争がはじまる。誰がミスになるか、どの委員会が一番美しいミスになるのかまだ誰も知らない。
2011年はフランスにとって3人のミスを送り出す美の年になるだろう!Endemolの庇護の下、ミス・フランス委員会(la Société Miss France)が行ったコンクールの後、ジュヌヴィエーヴ・ド・フォントネーのコンクール、そして3番目のコンクールがミスを選出するだろう。
実のところ、1901年の法律により統制されているミス・フランス歴史委員会(Le Comité Miss France Historique)は1954年、ギー・リナドによって設立された。
この委員会は既にジュヌヴィエーヴ・ド・フォントネーと彼女のコンクールの正当性に意義を唱えている。今日、彼らはEndemol主催のミス・フランス委員会のコンクールにも異議を唱えている。このミス・フランス歴史委員会はミス・フランスコンクールを最初に企画しており、ビューティコンクールを企画してよい唯一の機関だと主張している。このコンクールはEndemolの15日後、そしてジュヌヴィエーヴ・ド・フォントネーの14日後である12月19日の日曜に行われる予定だ。ミス戦争がはじまる。誰がミスになるか、どの委員会が一番美しいミスになるのかまだ誰も知らない
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■ヴァレリー・ベーグ事件(valerie-begue)
ヴァレリー・ベーグというレユニオン島出身者がミスフランスに選ばれた。
Valérie Bègue - Belle-Ile-en-Mer
Valérie Bègue - Belle-Ile-en-Mer
その直後
アントルヴューにヨーグルトを官能的な仕種で飲んでいたり、十字架の上にビキニで寝そべっていたり、かすかにアンダーヘアーが覗く水着スタイルなどの写真が掲載された。この写真が掲載されたのは、ミス選出の直後だったので、ヴァレリー・ベーグ は地元に凱旋していたのだが、ここで写真を見つけて怒り心頭の フォントネー夫人が「レユニオン島にいるんだから、もう帰ってこないように」と発言。
ヴァレリー自身はこれは3年前に発表しないことを前提にした写 真で、しかもギャラももらっていないと主張。
レユニオン島出身の現在の与党UMPの議員も共産党の議員も一丸となって フォントネー夫人の発言を「差別的」と非難した。「もはやレユニオン島にはヴァレリー・ベーグを支持していないひとはひとりもいない」とまで云 われる事態に。やがてヌード問題が領土問題に拡大してしまった。結局ヴァレリーちゃんはミスのタイト ルを保持していてもいいことになった。
ここで頭にきたのが例のミスフランス大会委員長を務めるジュヌビエーブ・ド・フォントネーである
造反して正式な古式ゆかしいフランスのミスコンを始めると言い出したのである。
■一言 法律やルールは変化するものである。「ヌードやいかがわしいポーズの写真を一切撮らせない」
という規定とあるが出場者はほとんど現役モデルや女優である。職業を考えてみると困難な規定である。更に「ヌードやいかがわしいポーズ」というのはあいまいな規定である。乳首が見えないヌードは良いのか、それともヘアーヌードがだめなのか。「ミスになる前もなった後でも、ヌードはご法度!」ミスになった後でヌードがダメとしても
ミスになる前にもヌードが禁止というのは現代感覚からすると少しずれている。
この規定によると赤ちゃんのときに裸でオムツをしているときの写真も禁止ということになる。
これはいかがなものでしょうか。
確かフランスの建国の精神は有名なフランス革命の合言葉「自由、平等、博愛しからずんば死を」です。
ヌードは自由にとすればいかがでしょうか。
自由、平等、博愛(Liberte, egalite, fraternite ou la mort) この3単語は英訳すると、Liberty, equality, fraternityになります。自由の女神・The Statue of Libertyもフランス国民からの贈り物ですね。
■解決策としてはフランス代表として
Miss Universe 2011にロリー・ティルマンさん、 Miss World 2011にバルバラ・モレルさんをそれぞ出場権を与えればいかがでしょうか。
日本ではミス日本、ミスインターナショナル日本代表、ミスユニバース日本代表と何人もいてそれぞれ世界大会に参加しています。
■ミス・フランス(Miss France)は、1920年に始まったフランスを代表するミス・コンテスト。
概要
大会委員長はジュヌビエーブ・ド・フォントネーで、1995年からTF1で放送されている。(以前はFrance 3で放送されていた)
大会はフランス各地区とフランス領の各地域により行われ、水着、イブニングドレス、インタビューを審査し、審査員と視聴者投票によりミス・フランスを決定する。開催地は持ち回りで、2010年(2009年開催)は12月にリヨンで開催予定
メキシコ代表のヒメナ・ナバレッテがミス・ユニバース(Miss Universe)2010世界大会で優勝 [ミスコンテスト]
ミス・ユニバース(Miss Universe)2010世界大会の決勝が23日、米ネバダ(Nevada)州ラスベガス(Las Vegas)で開かれ、メキシコ代表のヒメナ・ナバレッテ(Jimena Navarrete)さんが世界一の栄冠を手にした。
★ヒメナ・ナバレッテ(Jimena Navarrete)
Jimena Navarrete Beauty pageant titleholder
Birth name Jimena Navarrete Rosete
Alias(es) Ximena Navarrete
Birthdate February 22, 1988 (1988-02-22) (age 22) 生年月日1988年02月22日
Birthplace Guadalajara, Jalisco, Mexico
Height 1.74 m (5 ft 8 1⁄2 in) 身長174cm
measurements スリーサイズ バスト99cm-ウエスト68cm-ヒップ95cm
Eye color Brown
Hair color Brown
Title(s) Nuestra Belleza México 2009
Miss Universe 2010
プロフィール詳細
结婚交际: 独身
参加目的: 友だちづくり
出身地: グアダラハラ
恋愛タイプ: 非同性爱者
体型: 174センチメートル/スリム
民族: ラテン/ヒスパニック系
宗教: カトリック教徒
星座: 鱼座
たばこ/お酒: いいえ/いいえ
学歴: 大学生
年收: 2500万円以上
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ミス・ユニバース2010の世界大会の決勝が23日、米ラスベガスで行われ、メキシコ代表のヒメナ・ナバレッテさん(22、Jimena Navarrete)さんが世界一の座に輝いた。メキシコの優勝は、1991年のルピタ・ジョーンズさん以来2度目。
世界80カ国以上の代表が参加し、ファイナリストの15人の中に残ったのは、メキシコの他に、プエルトリコ、ウクライナ、ベルギー、アイルランド、南アフリカ、ジャマイカ、コロンビア、グアテマラ、フランス、オーストラリア、ロシア、アルバニア、フィリピン、チェコ。
2位はオーストラリア、3位はジャマイカだった。日本代表の板井麻衣子さんはファイナル15に残れなかった。
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トップ5は、24歳のミスジャマイカイエンディフィリップス、19歳のミスオーストラリアJesintaキャンベル、23歳のミスウクライナアンナPoslavska 、22歳のミスフィリピン
キャンベルはデンジャラスビューティーユニバースを受賞しました。ミスタイFonthip Watcharatrakulはミスフォートジェニックユニバースと最高の民族衣装賞の2つを受賞
史上最も美しい宇宙船「地球号」 [宇宙]
川島は、夫婦生活について「夫にいつまでも恋していたい」{サヨナライツカ}をPR
1月23日公開の映画『サヨナライツカ』の特別試写会が12日、都内で行われ、川島なお美と立花胡桃が出席し、恋愛トークショーを行った。
『サヨナライツカ』の試写会にて、恋愛トークショーを行った川島なお美(右)と立花胡桃。川島は、「人を愛すること、恋することを改めて考えさせられる映画」と、本作をアピール
『サヨナライツカ』は、一生に一度の燃えるような愛を綴った辻仁成の同名ベストセラー小説の映画化作品。タイ・バンコクを舞台に、自由奔放で欲望に忠実な美しい女性・沓子(中山美穂)と、エリートビジネスマン・豊(西島秀俊)、豊の婚約者・光子(石田ゆり子)の様々な愛の形と人生の究極の選択を描いている。監督・脚本は、『私の頭の中の消しゴム』のイ・ジェハン監督。
「光子のようにずっと待ち続けるのは嫌。結婚したからこそ、情熱的な沓子のような女性でありたい」という川島
立花は、「光子のように家庭を守るために秘密を守り続けることはできない」と言い、「私なら別れる時にビンタしますよ」
トークショーでは、本作に出演している川島と、元カリスマキャバ嬢でキャバ嬢時代の大恋愛について綴った著書『ユダ』(祥伝社刊)で注目されている作家でタレントの立花が、恋・愛について赤裸々にトーク。2007年にパティシエの鎧塚俊彦と結婚した川島は、夫婦生活について「夫にいつまでも恋していたいし、恋していてほしい」と話し、「たまにコスプレもしてます」と告白。クリスマスには、毎晩徹夜だった夫を、真っ赤なキャミソールとサンタエプロンで出迎えたという。「びっくりさせるのと、癒してあげるのと、ファッションは両方考えます」という川島に、立花は「2人の関係を保つのって、工夫が必要ですよね」と賛同。川島はさらに女性に向けて「妻だからっていつも色っぽい格好をしていると免疫ができちゃうから、たまにがいいんですよね」とアドバイス。「女は、貞淑な光子っぽさと、ファム・ファタール的な沓子のような面の両方持っていたら魅力的なんです」と語った。
本作では、原作者・辻仁成の妻・中山美穂が濃厚なラブシーンを熱演。辻・中山夫妻とは仲がいいという川島は「辻さんは、(豊役の)西島秀俊に『ラブシーンとかは遠慮しないで、思いっきりやってください』とメールしたんですって」と、撮影時のエピソードを紹介した
また、トークショーでは、覆面で顔を隠した観客のワケあり恋愛経験談が寄せられ、川島と立花がコメント。"恋愛相談室"のような雰囲気となり、「結婚まで考えていた彼氏に、占いの結果から『君は運命の人じゃなかった』とフラれてしまった」という女性を「男で、占いでしか決められないなんて情けない」(川島)、「別れてよかった。貧乏クジ引かされなくてよかったですよ」(立花)と励ます場面もあった。
『サヨナライツカ』は、1月23日より新宿バルト9、丸の内TOEIほかで全国ロードショー。
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